暮らしを見つめて咲く
今日も、変わらない一日を。
- 野村 沙央里
- 2005年新卒入社
- いずみえん 医務課 係長
- 看護師
痛みがあると、ごはんがおいしく食べられません。座っているだけでつらいと、行事に参加する気持ちにもなれません。レクリエーションの時間になっても、いつものようには笑えない。「健康」って、病気にならないことではないんだとつくづく感じます。食べること。話すこと。笑うこと…。そんな何気ない当たり前の毎日を過ごせることが、健康であるということなんだなって。今、私はいずみえんで看護師として働いていますが、最初から看護師になりたかったわけではありませんでした。子どもが好きで、保育士を目指して専門学校に進学。学生時代、障がいのある方と関わるボランティアにも参加していたのですが、ただ一緒に笑って、一緒に過ごす時間が楽しかった。そんな経験もあって卒業後は、保育ではなく、障がいのある方と関わる仕事を選びました。支援員として働く毎日は、本当に充実していましたね。会話やケアを通して、利用者さんが笑ってくださる。その笑顔を見ることが、なによりの私の喜びでした。でも、そんな日々を続けていく中で、どうしても開けられないブラックボックスがあったんです。それが、健康でした。

利用者さん一人ひとりの支援計画には「健康」という項目があります。でも当時の私は、病気のことも、身体のことも、十分な知識を持ち合わせていませんでした。特に通所の利用者さんは、ご自宅で過ごす時間の方が長く、園で見える姿は生活の一部分だけ。接する時間やシーンが少ないほど、その方の体調変化を察知することが難しくなります。何かが起こってからではなく、事前に変化に気づける方法があるんじゃないか?もっと健康のことを知りたい。学びたい。そんな思いから、働きながら看護学校へ通い、資格を取ることを決意しました。徳心会の制度を使って看護学校に入学し、知識を得て、晴れて卒業。医務課で看護師として勤務し始めたのですが、すぐに新しい壁にぶつかりました。「まだまだ支援員の目線で見ているよ」って、先輩に言われたんです。最初は、その意味すら分かりませんでした。毎日の小さな変化にも、気を配っているつもりでした。だから、「ちゃんと見ているのに、何が違うんだろう」と…。でも、日々の業務を通して、少しずつ分かってきました。学校で病気や身体のことは学びました。でも、それだけでは足りなかったんです。大切なのは、その知識を利用者さんの日々の暮らしと、結びつけて考えること。その人がどんな病気を抱えているのか。どんな暮らしをしているのか。そして、この変化がこの先、どんな未来につながっていくのか。目の前で起きていることだけではなく、その背景やこれから先までを考えながら利用者さんを見つめること。それこそが、看護師として利用者さんの暮らしを支えることなんだと知りました。

今は、医務課の係長として、現場だけでなく、医務課全体を見る立場に。でも、「私が引っ張る」という感覚は、あまりありません。私から「こうしてください」と決めるよりも、みんなで知恵を出し合って、「じゃあ、こうしてみよう!」と決めていく。その方が、私には合っているし、みんな楽しいじゃないですか。現在、医務課で力を入れている褥瘡(じょくそう)対策も、その一つです。褥瘡は、床ずれのことですが、痛みだけの問題ではありません。痛くて座れない。食事が進まない。レクリエーションにも参加したくなくなってしまう。健康が崩れると、その人らしい暮らしまで少しずつ失われてしまいます。この予防・対策を、全員で進めていきたい。全員というのは、医務課だけでなく、介護課も合わせてですね。入浴介助をする職員だからこそ、気づけることがありますし、職種を越えて連携し、情報を共有。力を合わせて、改善していけたらと思います。いずみえんは、病院ではありません。生活の場です。だから看護師の仕事も、病気だけを見ることではありません。今日もごはんを食べられること。痛みなく座っていられること。誰かと笑い合えること。昨日と変わらない今日を、過ごせること。その当たり前を、チームで守っていくことが、今の私の仕事なのだと思います。利用者さんにとって、何も特別なことが起きない一日が、一番幸せな一日なのかもしれません。笑顔は、無理につくるものじゃない。安心して暮らせる毎日の中で、自然と生まれるものなんだと思います。今日も、変わらない一日。そんな一日が、明日もまた同じようにやってくるように。私はこれからも、一人ひとりの暮らしに寄り添いながら、健康を守っていきたいと思います。
